今日の夕刻、逸郎さんが散歩から帰ってくるなりおもしろい現場を見たと言う。
ご近所の工事現場から土器が出土され、専門の方々が来て調査をしているらしいのです。
早速見に行くと、今日の発掘作業が終わったところでしたが、担当の方(多分学芸員の方)がとても親切で、まだ土に埋まった状態の土器を私に見せてくださいました。
それはそれは繊細な文様が描かれた美しいフォルムの土器。
今ここに縄文の人々の暮らしが息づいていたとリアルに感じられた一瞬でした。
写真を撮りましたが、まだ公表前なのでネットに上げないでくださいとのこと。
私の見た土器と近い感じものが「文化遺産の世界」様に掲載されてました。
ちょうど形や文様から判断して、縄文中期(紀元前4000年前)のもので、千葉県の加曽利貝塚から出土した土器とタイプが似ているとのことです。
https://www.isan-no-sekai.jp/report/4753
千葉市~佐倉市、この一帯は同じ民族が暮らしていただろうとの見解でした。
また興味深いことに、この土器は「冷蔵庫」としての役割があったとのこと。
縄文の冷蔵庫!
さらに驚いたことに、土器のすぐ脇には、中世(戦国時代?)の遺構も発見。
多分、千葉一族と関係しているだろうとの見解です。
その時代の人々は、古い土器が出ても特に興味はわかず、そのまま家を建てたのでしょうね。
さらに発掘現場の目の前の畑には、弥生式土器(又は古墳時代)の破片が散乱していました。
土地の方がその破片を下さいましたので写真をアップします。
そういえば、多古町に住む友人の畑には、石器(多分石器時代のもの)が散乱していると言っていた。
遺跡調査は、さりげなく時代を超えられ、きっとおもしろいものでしょうね。